DVで離婚を決意した日
DVモラハラ夫から逃げられなかった理由
アルコールが入ると殴る、蹴る、髪の毛をつかまれて引っ張られる。
妊娠中にお腹を蹴られ、次の日、離婚届を市役所に取りに行きました。
離婚届を書いてほしいというと、怒りながらサインしてくれたのですが、のちに離婚届を隠されました。
結局は私が弱かったのです。出産後、3人の子どもを育てながら働くのは無理だろうと経済力に頼ったのです。
私が留守のときに、酒を飲まない約束はすぐに破られました。
モラ夫はオレは飲んでない、と逆ギレします。
飲んだのは明らかなのに。
3人目が出産後に加速するDV.モラハラ
そして、3人目が産まれてからモラ夫の行動はさらに加速していくのです。
ある日、また殴る、蹴る、壁にぶつけられる。肋骨に蹴りが入りました。
意を決して次の日、整形外科に診断書を取りに行きました。
それから、隠された離婚届を探し出し、診断書と一緒にモラ夫に突き出しました。
それから数日間、モラ夫は家に帰ってくると憔悴しきって泣いているのです。
もう酒を飲まないと泣いて誓約書を書いたモラ夫。
私は不覚にも信じてしまいました。
これが大きな過ちでした。
どうして、あのときに離婚届を出さなかったのだろうと深く後悔しています。
DVモラハラ夫から昼逃げを決行
それから7年後やっと子どもたちを連れて昼逃げし、調停離婚を経て離婚にたどり着いたのです。